母の介護もだいぶ慣れてきた。
そりゃあ人間だから
自分が疲れている時や体調がすぐれない時は
中々しんどい時もあるが、今はもういろいろ通り越して…
今日も洗う
母の汚れた衣類
こんな毎日にも慣れて
今は心の中で汚れた衣類を洗いながら、
こうつぶやいている私がいる。
『アリガトウ』『ありがとう』『ありがとうございます』『感謝です』
これは不思議な魔法なのだ。
この言葉を唱える度に
私の心は穏やかに浄化されていく。
そしていつもと変わらない今日、
私は過去のあることを鮮明に想い出した。
ー 書くね…😉ー
かれこれもう何十年以上経つだろうか。
私が初めての職に就いて2年弱位経った頃、家に帰ると父が神妙な顔つきで
話があると言ってきた。
母も私も何やら一物の不安が…。
案の定、そうだった。
父が勤め先でした健康診断の結果が出たというのだ。
そして胃の検診に引っかかった、と…。
勤め先の近くの病院で再度診察を受けた所、胃がんだった。
確かステージ2くらいだったと記憶している。
当時父は53歳位だったと思う。
あの豪快で強いイメージの父が半ば青白い顔色で
「俺、死ぬかもしれない」そうつぶやいたのだ。
当時は今と違って癌という病気は=死のイメージだった。
私も母もどん底に落ちた…。
父の落ち込みようは若い私が見てもとても痛々しくて見ていられなかった。
けれど私は一晩眠って
一瞬でその靄を祓った。
私は強かった。
私の氣が強烈に張ったのだ。
そして誓った。
絶対、父を死なせない
絶対に‼
私は当時病院に勤めており、医療事務の仕事をしていた。
中々厳しい先輩方の元、気を張り巡らしながら仕事をしていたが
そんなことさえ気にもならずにただ、毎日が一生懸命だった。
父は手術をするなら私が勤めている病院がいいといい、
改めての検査が1から始まった。
私はなんでもした。
当時の院長先生にも「父をよろしくお願いします」と
何回も頭を下げにいったし、当時の婦長さんや事務長さん関係する人すべてに
何回も何回もご挨拶をさせてもらった。
母は気が弱い。
私がしっかりしなくちゃとその時の私は
氣を張り巡らした。
朝、駅に着く迄の15分間の自転車通勤。
自転車に乗っている私の心の中のBGMは、
当時大好きだった松田聖子さんのアルバムの中の曲。
『Precious Heart』
その中の歌詞の一節に
「いつでも
夢を…夢を…夢を追いかけて
つらい時も涙なんかみせないの…」
心の中で流れてくるメロディーに瞳はにじんでる😢
そんな15分間が毎日続いた。
それでも私は絶対に決めていた。
父を絶対助ける
絶対死なせない
あの時の私の波動は凄かった。
真っ直ぐでとても強く絶対的に輝いていた。
そして父の手術の日。
私の熱意が届いたのか、その日の午後からのオペは父ひとりに
院長先生は全力を注いでくれたと、後から聞いた。
結果は大成功。
当時もう一人優秀なドクターがいて
その先生も一緒に立ち会ってくれたというのだ。
院長先生はもう相当前にお亡くなりになられたけれど
今でもとても感謝している🙏
その後も父は相変わらずの強引さと豪快さと強さを引っ提げて
自分の体を乱暴に扱ってきた。
その度に家族はハラハラさせられた。
その後もいろんな病気にかかって何回も入退院を繰り返したり
それでも今、
不思議と元気でいてくれる。
大量の薬💊を飲みながらでも…😅
今あらためて振り返ってみても
あの時の私の波動は本当に凄かった。
気迫に満ちていた。
そんなことをふと思い出した。
真っ直ぐでGold✨な波動は
まぎれもなく愛でした💖
いろんなことが、 いろんな想いがありながら
月日は流れ
私は今日も
感謝の気持ちでいっぱいだった。
愛より強いものは無し💖💖💖
これは絶対的だと想うよ👍
体験者は語る
by みっこ🌼
本日もお読み下さり
ありがとうございます🙏💖

